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日本茶×函館の深~い(?)ハナシ

函館から工芸品とお茶の魅力を伝えたい

急須職人・白岩大佑さんの“美の急須”

函館山の麓にある住三吉神社のお膝元で、急須づくりに奮闘する若き職人・白岩大佑(しらいわたいすけ)さんをご存じでしょうか?思わず手に取りたくなる美しさと使いやすさを兼ね備えた急須が、国内にとどまらず海外からも注目を集めています。

なぜお茶の文化が根付いていないこの函館で、彼は急須をつくり続けているのでしょうか?お茶と工芸品に対する並々ならぬ熱意に迫ります。

急須職人

白岩大佑(しらいわたいすけ)さん

 

北海道松前町出身。北海道教育大学函館校芸術文化課程美術コースで陶芸を学んだあと、愛知県常滑市の無形文化財保持者・小西洋平先生に師事。年に一度常滑に出向き、小西先生の下で修業をしながら、北海道函館市の自身の工房である「鞍掛窯(くらかけがま)」で急須づくりに励んでいます。

賞歴・実績

  • ・日本伝統工芸展入選※(第58・62・63回)
  • ・東日本伝統工芸展入選(第51・52回)
  • ・日本煎茶工芸展入選(第25・26・27・28・29・30回)
  • ・長三賞常滑陶芸展入選(第30回)
  • ・小西洋平・白岩大佑 急須二人展(2012・2013・2014年)

 

※日本伝統工芸展は、工芸界最大規模の公募展で、重要無形文化財保持者(人間国宝)をはじめ、優れた工芸家たちの作品のみ展示されます。中でも陶芸の入選率は24%と低く、入選することは大変名誉なことなんです。

知っ得豆知識 急須職人とは?

陶芸の中でも急須をつくる職人のことですが、じつは焼き物の中でも急須が一番難しいと言われています。4つのパーツをつなぎ合わせるとき、注ぎやすさ、バランス、伝い漏れがないこと、蓋がしっかりと合わさることなどに気をつけてつくらなければならず、高い技術が必要とされます。

 

また、急須といえば常滑焼(とこなめやき)が有名ですが、その理由の一つに土があります。常滑の土は酸化鉄を多く含んでいるため、淹れるお茶の苦みがとれ、まろやかな味わいになるのです。白岩さんの急須も、常滑の粘土に函館の土などを混ぜていることから同じことが言え、お茶の風味を崩さず、味わいを引き出すと定評があります。

はじまりは、日本最高峰の急須職人との出会い

 

幼い頃からものづくりが好きだったこともあり、北海道教育大学函館校の芸術文化課程美術コースで陶芸を専攻した白岩さん。ある日、ろくろで急須をつくりましたが、大学の先生に「頑張ったね。でも(本当の急須は)違う」と言われてしまいます。そこで後日、先生のご自宅に「本当の急須」を見に行くことになったそうです。

 

そのとき出会ったのが、愛知県常滑市の無形文化財保持者である急須職人・小西洋平先生の作品でした。華美でありながら繊細な装飾、バランスの良い造形、張り出したような丸いフォルムに一目惚れしてしまった白岩さんは、なんと常滑まで小西先生に会いに行ったのです。紆余曲折あり対面はできましたが、弟子入りを断られ、泣く泣く函館に戻りました。それから毎年、常滑に自身の急須を持っていった末、5年目でようやく弟子入りできたそうです。

 

優しげな印象からは想像もつかないほどの行動力とものづくりへの探究心は、彼の作品に強く反映されています。

"ずっと触れていたくなる" 作品たち

実際に白岩さんの急須に触れてみると、非常に軽くて、両手にころんと収まるサイズ。ぽってりと丸みを帯びたフォルムも愛らしく、思わず笑みがこぼれます。「かっこよさもありながら、思わず手に取りたくなる可愛らしさを目指しています」と語る白岩さん。

 

取っ手を通常より短く仕上げてあるのも特徴です。見た目のバランスを意識したのもありますが、一番の理由は「日本人らしく両手でお茶を淹れてほしいから」。その方がお茶を注ぐ際の所作も美しいし、もともと急須はお客様へのおもてなしの気持ちを表し、両手で扱われていました。そういった日本人ならではの“おもてなしの心”を思い出してほしいという意味合いが込められています。

また、現在では金属製の茶こしが主流ですが、茶こしの部分も焼き物で仕上げています。それは、金属製の茶こしだと金物くささがお茶の風味をジャマしてしまうからです。取材中に、陶器の茶こしで淹れたお茶をふるまっていただきましたが、お茶のまろやかさや甘みがストレートに感じられ、茶葉本来のおいしさを楽しめました。

 

見た目から使いやすさ、そして味わいまで、一つの急須にたくさんのこだわりが詰められています。

生き残れる急須は、ほんの一握り

 

しかし、可愛い見た目とは裏腹に、たくさんの難しい工程を経て、完成まで至る急須はほんの一握りです。実際に制作工程を見せてもらいました。

まずは急須の本体を仕上げていきます。土をこねて空気を抜いたあと、ろくろで筒状にし表面に模様をつけたら、内側から指やコテを使って丸くしていきます。通常は外側に手を当てて丸みをつくるそうですが、指紋がついたり、模様が崩れてしまうため、この方法を採用しているそうです。

厚さは2ミリしかなく、指先で触れたらすぐに破れてしまいました。指先の細やかな感覚が必要になる、熟練の職人でも難しい技術です。

コテのほかに、自身の爪やブラシを使って、急須に模様を入れていきます。

冗談を交えながらもスルスルと手を動かしていき、急須の4つのパーツがあっという間にできあがりました。別々につくっているのにも関わらず、蓋と本体がぴったりと合っています。このあと、急須本体に一つ一つ穴をあけて茶こし部分をつくり、それを崩さないように各パーツの接着を行います。

乾燥させたら、いよいよ窯焚き

現代では、電気窯やガス窯で焼かれることがほとんどですが、白岩さんは穴窯(薪で焼く窯)にこだわりを持っています。かつては穴窯が一般的でしたが、手間や時間がかかるため、穴窯で焼く職人はごく少数になってしまいました。

 

そこまでして白岩さんがこだわる理由は、穴窯で焼いた急須が、想像を超える美しさに生まれ変わるからです。

 

じつは、白岩さんの急須に釉薬(ゆうやく)は一切使われていません(釉薬は陶磁器などの表面にかけられる薬品のこと。粘土や灰などを水と混ぜた液体が熱せられることで、陶磁器の表面を均一にガラスでおおうことができます)。燃やされた薪から灰が出て、それが雪のように急須に降り積もり、炎で熱せられることで溶けてガラス化し、自然の釉薬になるのだそう。火が入った場所、入らなかった場所で風合いも変わります。ですから、白岩さんの急須は一つ一つ表情が異なるのです。

 

ときには急な冷却で割れてしまったり、中で倒れて形が崩れたり、急須同士がくっついてしまったりして失敗もありますが、想像を超える作品が誕生した際には、何ものにも代えがたい喜びがあります。

この穴窯の名前は「鞍掛窯(くらかけがま)」。複数の山から成る函館山の一つ「鞍掛山」から名前をとりました。常滑の窯を参考にして、家族や友人に協力してもらい、耐火レンガを約2500個以上積みあげて完成させた自慢の窯です。

つねに温度を1100度以上に保つため、薪を投入し、窯の中の状態を確認して熾き(赤くおこった炭火)の溜まっている場所をならし、空気を通して、火力を落とさないように注意しなければなりません。家族で協力しながら、2日間にわたって急須を焼き上げる大変な作業です。

なぜ函館で急須をつくるのか

そもそもこれほどまでの腕を持つ職人が、なぜ函館で急須をつくっているのでしょうか。北海道は厳しい寒さから、お茶は暖をとるものというイメージが強く、お茶の時間を楽しむという文化が根付いていないのです。「かえってそれが良いんです」と白岩さんは話します。

 

「本州にいると、急須はこうあるべきだという固定概念がどうしてもあるので、作品に個性を出しにくくなるんです。それなら北の大地で自由に急須をつくりたいと思いました」

 

北海道は本州に比べると伝統工芸品の数が非常に少なく、経済産業大臣指定の伝統工芸品とされるものは、アイヌ民族の工芸品2つのみです。職人が少ない分、しがらみも少ないので、作品に色を出しやすいと言います。

 

「常滑急須の伝統技術は受け継ぎましたが、良いところは残しながら、僕なりの個性を加えて新しいタイプの急須をつくりたいんです。例えば、見栄えを変えるだけでなく、地元でつくっているという意味合いを込めて、常滑の粘土に函館の素材(土、藁、炭、薪など)を混ぜています。最近では、大森浜の砂を混ぜることも多く、焼き上げると星のように点々と模様がついて、面白い表情になるのが気に入っています」

 

現状では、函館の土を100%使った急須の完成には至っていないそうですが、将来的にはもっと技術を向上して、すべて函館の土を用いた急須をつくるのが夢だと話してくれました。

現代に"特別なお茶の時間"を届けたい

失敗を伴うとしても、工芸品としての美しさや使い勝手を考え、難しい技術に挑戦し続ける白岩さん。しかし、否定的な意見もあると言います。

 

「お茶屋さんや卸問屋さんからは、『洗いやすいように注ぎ口を広げてほしい』とか、『片手で淹れられるように取っ手を長くしてほしい』など、お客様の要望に応えた"用の急須(使い勝手を重視した急須)"を求められることが多いんです。そうして業者さんから注文を受けている職人の方もいます。でも僕は、ただの道具ではなく、目でも舌でも楽しめる"美の急須(美しさを重視した工芸品である急須)"をつくり続けたいんです。最低限の使いやすさを残して、美しさを追求したシンプルな急須もあって良いと思っています」

「お茶を淹れる時間は、気持ちを落ち着かせる特別な儀式のようなもの。忙しい毎日に、お気に入りの急須でお茶を淹れて、ほっと心やすらぐひとときも大切なのではないかと思うんですよね。北海道の方にも、暮らしを豊かにするお茶の魅力を知ってほしいと願っています」

 

揺るぎない情熱が込められた白岩さんの"美の急須"。最近では、国内だけでなく、中国やヨーロッパから注文を受けることが増えたと言います。限界まで美しさを追求した急須だからこそ、国境を越えて人々の心を打つのかもしれません。

今回、取材協力してくださった白岩大佑(しらいわたいすけ)さんの工房

住所:函館市住吉町5-15

TEL:0138-26-1510

(見学だけでもOKです。電話連絡のうえ、お気軽にお越しください)

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